世界の海を一息で潜り、超人的な記録を打ち立て続ける、プロ・フリーダイバー、篠宮龍三さんをお迎えしての『WHO’S AT BAR』第三回。今回は、日本でも競技人口が増え続けているフリーダイビングというスポーツの魅力について、さらにお伺いします!

−−前回、お酒のお話に絡めて、フリーダイビングのお話もお伺いしたのですが。そこで「海に潜るとアルコールに酔ったような症状が出る」という興味深いお話がありました。
篠宮:はい、「窒素酔い」ですね。
−−お酒に強いと、その「窒素酔い」にも強い傾向があるということだったんですが…となると、若い競技者、たとえば未成年の方とかはどうなのだろう?という疑問が浮かんだのですが。
篠宮:「窒素酔い」は、もちろん個人差や、その時のコンディションに大きく左右されるので、お酒が飲めない人や未成年だと全くダメだというようなことはないです。ただ、フリーダイビングは、経験と自制心が何よりものを言う競技なので、若い人だと基本的に不利だったりするんですよね。
−−そうなんですか?ほとんどのスポーツは、ある程度若い…肉体的なピークが選手としてもピークというようなところがあって、日本でもさまざまな競技でトップクラスの選手の若年化が進んでいますが。
篠宮:フリーダイビングの場合は違いますね。競技に参加できるのは16歳以上と決まっているので、あまり若すぎても、そもそも競技自体に参加できませんし。若い選手よりも、ある程度年齢を経た、セルフコントロール能力が高い選手のほうがずっと良い記録が出ます。いわゆる選手生命というのもとても長くて、50歳を超えた世界ランカーもいるんですよ。
−−それは凄い!たとえば、ゴルフなんかもメンタルが重要で、選手生命の長いスポーツですが、それでもやはり球を遠くに飛ばすことにかけては、若い選手のほうがどうしても上になってしまいますよね。
篠宮:そうですね、フリーダイビングの場合、筋力だとか身体能力といった、肉体的な面ででどうにかできる部分というのがごくわずかなんですよね。フィジカルだけで無理に押し切ろうとすれば、必ず海のほうから拒絶されてしまうんです。
記録にばかり頭がいって欲が出たり、不安や迷いを抱えたまま突き進んでしまったりすると、必ず失敗するし、時には命も落としかねない。海は本当に、こっちがいくらお伺いを立てても、自分の力ではどうにもならないことばかりです。海の一部となって、どれだけ自然に自分の身体をとけ込ませることができるか、それを目指すのがフリーダイビングなんです。

−−漠然とイメージしていたものとは全く違いました。とにかく、息を止めていられる間に全力で潜って、どれだけ早く深い地点にたどりつけるか、といった競技なのかと…。
篠宮:それは誤解ですね。力がいるのは浮力のある間だけで、それって大体深さ30mくらいで消えてしまうんですよね。それ以降は自然落下、海の底に“落ちていく”状態になります。そうなったらもう、海に身を任せる以外にできることはないですね。
−−篠宮さん自身はそういう間、どういった精神状態なんでしょう。
篠宮:“無”の状態です。何も考えていない、そういった状態がベストです。「何も考えないようにしよう」ってことをついつい考えてしまうときがあって、それはもうダメなんですよね。ひとたびそうなってしまうと、どんどん余計なことを考えてしまう。逆に、そういった無我の境地になれるときというのは、難なくすっと入って行けてしまう。
−−集中力はどんなスポーツにも求められるものだし、一流のアスリートはそういった「無」に近い状態もしばしば経験するのでしょうが、フリーダイビングの場合は、目指すべき前提としてその状態があるという。
篠宮:だからヨガや座禅といった精神的な鍛錬も必要になってきます。競技の際には、たとえ選手が海中でブラックアウトしても危険が及ばないよう万全な体勢になっているとはいっても、海の中では、基本的に頼れるのは自分だけなので、予想外のことが起きてもパニックを起こさない精神力が必要です。自分の力を過信しないことですよね。少しでもおごった考えや、不安や弱さが顔を出した時には、たとえ目の前に結果があったとしても引き返す、そういう勇気も必要なんです。
−−篠宮さんも、何度となくそういったブラックアウト状態を経験なさっているかと思うのですが、恐怖感というものはないんでしょうか?
篠宮:もちろんまったくないとはいえないですね、一時は海に潜ること自体が怖くなってしまったこともありました。でも、恐怖感というのは結局、「何か自分ではわからないこと」が起きるから怖いんですよね。だから逃げれば逃げるほど、怖くなってしまう。
−−自分を知り、そこで何が起きているかを把握できれば、恐怖心は克服できると。
篠宮:そうですね、ただ怖くないと闇雲に言い聞かせるのでは解決しない。特に自然に対しては人間は無力だし、思いこみだけでは超えられないものがどうしてもある。自分の力を過信しないことですよね。少しでもおごった考えや、不安や弱さが顔を出した時には、たとえ目の前に結果があったとしても引き返す、そういう勇気も必要なんです。
−−本当に、闘う相手は自分、なんですね。だからこそ、その困難を突破できたときの達成感は素晴らしいものがある。
篠宮:そうですね。そのためには、日頃からしっかりとトレーニングをすること、自分が地道に積み重ねてきたものがしっかりと自分の身についているということを、信じ切れるかどうかが、鍵なんです。良いときも、悪いときでも。
状況が良いときも悪い時も、自分を信じ切る。決して諦めないことの大切さというのは、何かにつけ語られるものですが、実際それを可能にするのは日々の地道な努力しかない。フリーダイビングに限らず、人が生きる上でも教訓としたいお話でした。次回『WHO’S AT BAR』はいよいよ最終回。篠宮さんが、フリーダイビングというスポーツを通じて、伝えたいメッセージについてお伺いします、お楽しみに!!
取材場所:池袋「Bar Last Fizz」