中村拓志さんのご登場も今回が最終回。過去3回は、自身の独特な建築へのアプローチや展望を語っていただきました。今回は私的なことも少し。若手建築家のトップは、どんなプライベートを送っているのでしょうか?
--ご自宅にもボンベイ・サファイアのボトルがあるとお話しされていましたが、この「日本橋マティーニ」も、中村さんはおいしそうに飲まれますね。
中村:ジンと日本茶の組み合わせは少々意外でしたが、すっきりとしていてとても飲みやすいです。ほのかな甘みも良いですね。
--こうやってカクテルを飲み楽しんでいる姿を拝見したり、レストラン設計に関する思いをうかがうと、中村さんが飲むことや食べることがお好きなのが良く分かります。さて国内外含め、多くの案件を同時にこなしている中村さんは、きっと猛烈に忙しい日々を送っていると思いますが、プライベートって何をしていることが多いのでしょうか? そもそもお休みってありますか?
中村:もちろん、休んでいますよ。そうですね。学生の頃からやっているサッカーとか、数年前からはゴルフも。あとは最近、釣りを始めました。
--渓流ですか? 海釣りですか?
中村:海釣りです。千葉の別荘を手がけていたとき、現場を見た帰りに海へ行って釣り糸をたらしていました。魚を釣るのが目的と言うよりも、リラックスが目的かな。波の揺れが釣り糸を伝って感じられる時間がなんだか良いんですよね。
--自然の営みに癒されるって、当たり前かも知れないけれど、素晴らしいことですよね。ではこれから是非やってみたいって思っていることはありますか?
中村:農業に憧れています。週末は畑で野菜作ったりするのが今の夢かな。
--中村さんの農業への目覚めは(笑)、どんなところからでしょうか?
中村:その千葉の別荘は屋上緑化と土壁の家なんですが、土に触れる素晴らしさみたいなことを、今さらなんですが再確認したところですかね。土って地球の表面を均一に覆っていますよね。それを僕たち人間はこねたり固めたり、焼いたり、何か植えたりして土と一緒に暮らしてきたわけじゃないですか、ずっと昔から。
--そこが、農業へのとっかかりだったと。
中村:そうです。まだ具体的に動いているわけじゃないんですけど。僕は石川県金沢市で少年時代を過ごしたんですが、家はトラッドな木造の一戸建てでした。庭には松の木があるような。金沢市内といっても随分と穏やかな環境の中で暮らしていました。考えてみればそこでは本当に土のある生活を送っていたんですよね。だから今でも土の感触って良く憶えています。黒土のしっとりした感じとか、砂のさらさら、粘土のなめらかさ。そして土で泥団子作ったりして遊んでいました。
--子どもの頃の遊びって、土と切っても切れない気がします。泥団子とか、砂でお城や要塞作ったり、おままごとのごはんになったり。誰もが通る道ですよね。
中村:そうなんですよ。なのにいつからかこんなにお世話になった土を、服や手に付いたら「汚れた」なんて言っちゃったりする。これ、あんまり良くないんじゃないのかな?って最近思うんです。とはいえもう大人なので砂遊びしてもね(笑)、今の自分が土と触れ合うにはというところから農業へと行き着いたわけです。最近は自然とか大地とかそういうことをずっと考えているかも知れませんね。この間、日本人の名前ってどこかしらに自然に関わる字が入っているな、って気づいたんですよ。中村だって木偏でしょ。森山も川上も。声高に自然保護を叫ぶよりも、日本人皆がまず自分の名前には自然の一部が寄り添うようにあるんだ、ってことを意識したらちょっと世の中変わるんじゃないかと。
--プライベートもお仕事でも、自然は中村さんのキーワードなんですね。
中村:そうですね。僕は基本的にプライベートも仕事も含めて、一番楽しいことは建築なんですよ。だから何をやっていても、建築に繋げてしまうところはあるかも知れません。これをワーカホリックって言うのかも。
--24時間建築家。何だか栄養ドリンクのコピーみたいですが(笑)。でも、中村さんを見ていても、テレビドラマに出てきそうな猛烈仕事人に見えません。やっぱりこれは仕事が大好きで楽しいからでしょうか?
中村:そういってもらえると嬉しいです。
--これからやってみたいのは農業ということですが、では最近私生活で面白かった出来事って何ですか?
中村:エル・ブジの料理を体験したんですよ。僕の念願でした。
--エル・ブジといえば、世界中の食通が目指すスペインのレストラン! しかも予約を取るのも至難の業と言われています。そこに行ったんですね。うらやましいです。いかがでしたか?
中村:正確に言うとエル・ブジのレストランではなく、そこがやっているスペインのコルドバ地方にあるホテル「アシエンダ・ベナスーサ」でエル・ブジの料理をいただきました。これは、本当に素晴らしかった。例えばミネラルウォーターのメニューひとつにしても、ガラスの筒に入っていてこれがひやっと冷たいんですよ。メニューを手渡されただけなのに、冷たい水を飲んでいる気分にさせてくれるんです。ここでの食事はすべてがそんな体験の連続。舌の上だけでない楽しみの宝庫でした。
--そういう体験が、エル・ブジの最大の個性であり世界中の人を魅了しているんでしょうね。
中村:はい。僕はもう何年も前からエル・ブジのシェフ、アラン・フェドリアの方法論を尊敬していました。
今回やっとその願いがかないましたが、想像以上の素晴らしさでした。そういえば、日本で僕が好きな神田の藪そばとエル・ブジって似ているかも。
--おそばの老舗と料理界に革命を起こしたスペインのレストランに共通点ですか? ‥‥想像もつきません。
中村:僕は神田の藪そばも大好きで良く行くんです。例えばおそばを注文すると、おかみさんらしき人が「せいろうそば、いちまぁい~」と、まるで詩吟のような独特の調子で厨房に伝えます。これが老舗ならではの日本家屋にとても合っています。ここではオーダーが店のBGMになっていたり、演出のひとつになっています。つまりこれもエル・ブジの水のメニューと一緒で、舌の上ではない楽しみとなっているんですよね。
--エル・ブジのお水の話や神田の藪そばは、食べ物をいただくという行為をひとつのイベントにしてくれているような気がしますね。
中村:はい。どちらも料理を提供する所なのに、それ以上の高揚感を与えてくれたんです。そういう体験をすると、僕もこんな高揚感を建築で与えたいと思うんですよね。形をデザインする建築ではなくて、新しい体験を創り出す建築。
--やっぱり、行き着く先は建築なんですね(笑)。
中村:う~ん、そうなってしまいますね。休暇にリゾートホテルに泊まるのとかも好きなんですが「自分だったらこうしたい」とかついつい考えますし。
--中村さんの場合、すべての道は建築に通ず、と。
中村:はい。そして、そういうこと考えているときが楽しいんですよ。
その風貌からは、仕事一本というイメージは全く受けない中村さん。しかし自分の体験した面白かったこと、感動、楽しさ、贅沢はすべて建築へと繋がっているようです。おいしいお店を見つけたら、人にも是非体験してほしいもの。中村さんの場合、そんな気持ちを自分の建築づくりにまで高めているのかも知れません。