前回は“理屈抜きでわくわくする建築を造りたい“そんな思いを語ってくれた建築家の中村拓志さん。2回目は、ある建築の賞の受賞ニュースと一緒に来店です。
--最近建築の賞を受賞したそうですね。おめでとうございます。
中村:ありがとうございます。日本建築家協会が主宰する2008 日本建築家協会賞をこの間お話ししました「Dancing tree,Singing birds」で受賞しました。
--まるで林の中に間借りしているようだと言っていた集合住宅ですね。建築家である中村さん自身も思いがけないような高揚感があった、と話していた作品です。この受賞も含め、「Dancing tree,Singing birds」は転機とも言えるお仕事だったのではないでしょうか。

中村:そうですね。自分でも最近作風に変化が起きているように思っているんですよ。最新作は千葉に造った住宅で、地層の家と言います。これは外壁がまるで地層のような姿をしていて屋上は緑化されています。大地がそのまま数メートル浮き上がったような家なんですね。で、この住宅も実際に中に入ってみると、独特な気分になるんです。まるで穴ぐらで生活するウサギになったような。
--ここでも巣に暮らすような体験があると。つまり、中村さんの作品はどんどんプリミティブになっている、どんどん動物的な感覚に訴えるものになっているということでしょうか。
中村:僕のデビュー作は銀座のランバンブティックですが、デザイナーであるアルベール・エルバスからはたくさんのことを学びました。彼を訪ねてパリに行ったとき、自分が気に入っている空間を案内してくれたんです。そこはどこも、中に入るだけで甘い気分になったり、良い香りがして来るようだったり、五感に何か訴えかけるものがある場所でした。そして彼もまた、自分がデザインした服を着た女性が、まるでスイーツを口に入れたときのような甘い気分や、香水をつけたときのような華やかな気持ちになって欲しいと語っていました。僕もそんな五感を刺激する、人と建物の距離が近い建築を造ろうと思ったんです。そんな原点があって、今はさらに原始的になっている感じですね(笑)。
--頭でなく五感に訴える建築と、動物的なわくわく感を呼び覚ますもの。両者は別物というよりも、進化した形と言えるかも知れませんね。もしかしたら今の目指している方向は建築家・中村拓志のたどり着いた先、なのかも。
中村:確かに、変わったというより発展した形といった方が近いですね。
--中村さんはかつて出演されたドキュメンタリー番組で、小学生の時にはもう建築家を目指していたと紹介されていました。そもそも建築に興味を持ったのは何がきっかけだったんでしょう?
中村:建築家を目指すようになったのは段ボールで作った基地が出発点でした。秘密基地って建物と身体の距離が非常に近いんですが、そういえば自分の手がける建築も身体と建物の距離を常に近づけようといつも考えています。
--有名建築家による名作ではなく、秘密基地が原点であるから、きっと中村さんの建物と人との距離が近くなるんでしょうね。
中村:だから僕にとっては理念や哲学のような抽象的な事柄よりも、巣、なんですよ。理論を振りかざしたものを造っても、もはや誰も共感しないのではないでしょうか。
--人が理屈抜きに共感出来る建築。その考えは今進行中のプロジェクトにも繋がっていますか?
中村:繋げようと思っています。これは理性、これは本能と分けるのはナンセンス。何気なく過ごしている日々には、言葉では説明し尽くせない事柄がたくさんある。何故か心地よい、何か面白そう。その感性の先に、建築に込められた深い思想を感じた時に、人は感動するのではないでしょうか。自分はそんな建築を追究したいんです。実はここもそんなことを考えながら造ったんですよ。
--ニホンバシイチノイチノイチは、中村さんが手がけた最初の飲食店舗ですよね。では、ここにも心地よくなりそうな仕掛けがちりばめられていると。どんなことを意識したんでしょう。
中村:お酒があって料理があって仲間と一緒にそれを楽しむ、そんな華やかな場所で人はどんなことをしているんだろう、ということから考えました。食事をするって人間の行為の中でもかなり動物的だと思います。そんな時間の中で、ふっと素の自分に戻って心がほぐれていくような、人との距離がぐっと縮まるような瞬間がありますよね。これって誰かといっしょに食事し、お酒を飲むことの醍醐味だとも言えるのではないでしょうか。そんな醍醐味を建築が盛り上げるにはどうしたらよいかを考えていったとき、どんな気持ちでシートに座りどんな動作を行うのだろう、それを追求することを空間づくりのスタートとしました。見栄えの良さや機能面も大事ですが、僕はその場所にいる人の気分に重点を置いたわけです。それこそが建築家として大事なんじゃないかと思ったから。
--中村さんがシミュレーションしたのはどんなダイニングやバーのシーンでしたか?
中村:大まかな行為ではなく、ちょっとした仕草に注目していましたね、グラスをかざして飲み物を眺める。照明が当たったその液体の美しさを楽しむような。そんな誰でもやるような行為もおいしさの一部であり、そんなところに食体験の喜びはあふれてくると思います。
--食べる、飲むだけでなく、その間にある行為も間違いなく喜びですよね。食体験の行間を味わっているというか。
中村:そう、そんな行間的行為を目の前の人も同じようにしていたりするわけじゃないですか。そこからおいしさや楽しさは広がっていくんですよ。建築とはモノを扱う仕事ですが、自分はそんな人のふるまいをデザインすることを意識しています。
ここでも夜になるとテーブルに並んだグラスが、3面あるガラスの窓に反射してさらにたくさんのグラスが光っているように見えます。たくさんのグラスが移動する様を見ているだけでも飽きない。そんなグラスから始まる賑やかなイメージを建築にしたいという思いから生まれたのが、オリジナルの照明です。色のついた丸いアクリルの中には気泡があり、そこに照明が当たります。シャンパンやビールの泡がはじけるグラスが連なっているような、この場所ならではの高揚感あるふるまいをデザインしたもののひとつです。テーブルでも気分を建築にしているんですが、何だか分かりますか?
--表面は彫刻刀のようなもので削っているんですか?
中村:縦横木目を変えた二枚の板を重ね、それを楕円状にレーザーで削っています。
--水面ですか?
中村:はい、窓から見える川の水面を表現しています。場所の個性を建築に込めることも、僕はとても大事な要素だと思います。だからといってそれを気づくことを強要しているわけではないんです。ただ窓のむこうに見える川とこのテーブル、そしてお店にリンクが生まれた時、そこにまたニンマリとするような楽しさが生まれると思うんです。
味だけではない。食べる、飲むという行為にもれなくついてくるふるまいにおいしさや喜びが生まれてくる。そんなふるまいを建築で表現する中村さん。実はバーで是非やってみたいと思っている仕掛けがあるとか。次回の来店ではそのお話をしてくれることを約束してくれました。