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建築家 中村拓志さん vol.1
動物社会学と中村建築の意外な接点とは?

February 19, 2009

ホワイトシャツ×デニムにタキシードジャケットをさらりと羽織り登場した今夜のお客様、建築家の中村拓志さん。スタイリッシュな出で立ちは今までの建築家のイメージとは少々趣が異なりますが、常に意欲的な作品を発表し続ける若手建築家のトップランナーです。また建築家としての考え方やアプローチにも独特の視点を持っているようです。何でも先日京都で嬉しい出会いがあったとか。開口一番、嬉しそうに話してくれました。

中村「この間京都に動物社会学の第一人者である京都大学の名誉教授、日高敏隆先生に会いに行ったんです。先生の話、とても面白かったですよ。」
--動物社会学の先生ですか? 建築家と動物社会学者、一体どんなお話しをしたんでしょう?
中村「僕は今、動物の巣がマイブームでとても関心があるんです。巣は自分にいろいろな刺激を与えてくれるんですよ。」

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--建築には作り手のさまざまな思いや技術、ある時は企みも内包されています。けれど動物の巣には一見なんのこだわりも思想もない、営みの空間という感じがしますが‥‥。
中村「そこが、ポイントなんです。ここが眠るところ、ここは食事をする場所など機能があらかじめ決まってしまっている建築って生き生きしていないな、と前々から僕は思っていました。そういうことではなく、自分はもっと違うアプローチからもっとわくわくするものを造り出したいんです。つまり理屈を通り越して、人間の中に眠っている動物的な感性を目覚めさせるようなものを。」

--人間の動物的な感性がわき上がってくるような建築のヒントが、巣にあるんじゃないか。中村さんはそう考えたと言うことでしょうか。
中村「そうです。で、その道の大家である日高先生に会いに行ったんです。先生と話をして、自分の中で新たな気づきや再確認した事柄がたくさんありました。その中でも一番面白かったのは、人間とはもっと利己的で良いんだと言うお話しでした。」

--利己的?でもみんながセルフィッシュだと社会は立ちゆかなくなりませんか?
中村「いや、そういうネガティブなイメージではありません。社会がうまく回るために必要なのは、人が自分の遺伝子をもった子どもの幸せを考えることだけだと先生はおっしゃるんです。それは、動物が自分の血の繋がった子どもをできるだけ多く残すために生きていることと同じです。それを利己的という言葉で表現しているんですね。動物は社会の構造だとか、民主主義とか正義とかそんなことは考えていません。でもちゃんと調和された世界を昔からずっと維持して生きています。対して人間はいろいろと複雑なことを言い出してしまうから環境や争いなどの問題が起こるわけで、本来はそんなことを考えなくても良いのだと。それが日高先生が数十年動物を見続けて至った答えなのです。」

--自分の子どもの幸せだけを考えていればうまくいく。すごくシンプルですね。これならどんな場所、時代で生きていても、そしてどんな価値観の人にも通じる気がします。
中村「そう、すごくシンプル。でもこれが大切なんですよね、きっと。また僕らって学校でも社会という大きな組織の中で調和するようにという教育を受けているじゃないですか。そこで教わることは社会って何?日本って何?ということで、それらを知るために民主主義のような理念的な事柄が引き合いに出されたりします。その上でこの社会システムを引き合いに出しながら自己を正当化させる訓練をずっと受けてきているんです。今回京都に行って、僕はそういう仕組みに気づいたんです。しかも生きていく上での本質、幸せはそこにはないんだ、っていうことが分かったのが面白かったですね。」

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--社会の構造や調和に関して学んだり重きを置いたからこそ、自分の周りの幸せを考えるという至極単純な方法だけ考えていれば良いのだと言われると心が軽くなるような気がします。何だか簡単だしハッピーだし。もうすでにわくわくしちゃうような感覚もあります。
中村「そうですね。この動物的なわくわく感への探求のきっかけとなったのは、実は自分が手がけた作品でもあるんです。2007年に「Dancing tree,Singing birds」という集合住宅を造りました。もともとこの敷地にはうっそうと木が生えていたんです。この都内の一等地にある豊かな緑を残そうという思いから、僕はすべての木を切ることなく、レーザーで測量しその間を縫うような形で建物を造りました。当時はただひたすら木を残そうと思って造ってきただけなのに、完成した建物の中に入ったり周りを歩いてみたりすると、自分でも予想していなかったような高揚感があったんです。環境保護などという高尚な論理を超え、何とも言えない楽しい感覚がわき上がってくる。それは予想外の出来事でした。この感覚は一体なんなのか。その正体を突き詰めていくうちに、もしかしたら人類が太古の昔、森に対して抱いていた感覚と少し近いんじゃないかという気がしてきたんです。」

--それは原始時代、私たちの祖先が持っていた感覚と言うことですか?
中村「はい。アフリカで生まれた僕らの祖先は、当時まだ身体はふさふさした毛に覆われていて体温調節が困難だったそうです。だから直射日光による体温の急激な上昇や肉食動物から身を守るため、彼らは森で多くの時間を過ごしていました。もちろん住まいも森にあって、木を切るのではなく木と木の隙間に居場所を見つけて暮らしていたのではないかと。」

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「Dancing tree,Singing birds」

--「Dancing tree,Singing birds」は木と木の間に出窓があったり、大きな枝の真下にお風呂があったりします。その構造と太古の人の住まいは少し似ていますね。
中村「そうなんですよ。あの建物も林にそっと後からおじゃました感じ。木と建物との非常に近い距離が、この建築が与える高揚感に繋がっているのだと思います。それが動物の巣や原始時代の人の住まいと似ているんでしょうね、きっと。造っているときはそんなこと全く意識していなかったんですが、この建物が今までとは違う自然との接し方に気づかせてくれたんです。」

--私たちの祖先がまだ動物的な営みをしていた時の感覚とリンクすると。ここでもまた動物社会学と繋がってくるんですね。
中村「またよく考えてみると、昔の建築も動物の巣とリンクするところがあるんですよ。例えば土蔵にツバメが巣を作ったりしますよね。ツバメの巣はワラに泥を交ぜたものが外壁になります。土蔵の壁も竹を組みそこに土を塗っていく。要するに同じ作りなんです。昔は人間の暮らしと自然の営みを分け隔てて考えてはいなかったと思います。動物と人にボーダーがない生き方。それは僕にとってとてもわくわくすることなんですよね。「Dancing tree,Singing birds」にも鳥の巣箱をつけています。そこには人間も鳥と同じように木と共に暮らして欲しい、という思いが込められています。土塀の蔵とツバメの巣の共存の現代版と言ったところでしょうか。そんな暮らしにはわくわくする何かがきっとあると、思いませんか?」

取材場所:「ニホンバシイチノイチノイチ」

text by: TANAKA Toshie


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